モヤッと

NHKカズオ・イシグロ特集やってた。
カズオ・イシグロの「私を離さないで」を読んだのは結構前なのでいろいろうろ覚えであるが、とにかく設定に納得行かなくてモヤッとしたまま読み終えた記憶が。
番組をぼけーっと眺めて、限られた生の中のノスタルジー的なテーマで1990年から二回書こうとして挫折した物語であり、割とドリーに直にインパクトを受けて2001年から取り組み完成させたお話、という事情は結構面白いようなどうでもいいような気がした。ファンの間ではとっくに既知の事項なのかも知らんが。途中でなんかよくわからん分子生物学者が出てきてまだ動的平衡とかいってんのかそれ平衡じゃなくて定常状態だろjk、とか思ったのもまあどうでもいい。

 「私を離さないで」は、基本的に主人公の語りの体裁をとった物語で、老境に入った人物が死を見つめながら書いた回想録のような趣があり、実際にその通りのお話だった、と記憶している。彼女はヘイルシャムという特別な全寮制の学校で育ったが、そこは臓器移植目的の為のクローン人間(提供者)の為の学校だった、その辺の事情は割りとあっさりと中盤で明かされるのでまあただの道具立てに過ぎない、のだが。自分にとってはそんなものあってはならんだろういくらなんでも、ES 細胞ですらあんだけもめてんだぜ、ファンダメンタリストどころかカトリック全部が黙っちゃいねえだろ、さすが護教者の称号もらっときながら兄のお下がりで世継ぎを産まない年嵩の嫁を追い出したいばかりに自前の教会をこさえた青髭王の精神を受け継ぐジェントルメンズの国は半端ねーぜ痺れる憧れるぅ。まあとにかく拒否感が強すぎて非常にもやもやした。いやー当たり前の様に屠畜の現場から目を背けてパックされたお肉を食い、途上国の皆さんの頬を札束で張って魚の骨を抜かせ、過疎地の皆さんに原発のリスクを押し付けて贅沢な生活をしているからこそ、人が家畜で材料な世界はキツいっすイシグロ先生。あ、世界設定厨的には、主人公は提供を行う前に、介助者として臓器提供する同胞のケアを行ってきた(そして今から提供始めます、な段階での思い出話とその清算がこの物語)との事で、コレは要するに人に似すぎた家畜と直接対面するのは気が引けるから、家畜に家畜の餌やりをさせているだけの話で実によく出来た制度ですね、なかなかいけてると思いますディストピア的には。
ただ、ヘイルシャムの先生連中、あれは頂けねー。提供者らが現代のアウトカーストどころか人間未満の臓器工場扱いであることに抗議し、提供者に割りと普通の教育環境を与え(そのためのヘイルシャム)、そして一般に提供者らが完全に普通の人間と何も変わるらぬ事を知らしめるために提供者らに絵を描かせて展覧会を開いていた、というお話だったが、そういうゲージツ的感性が人間性の証みたいな事をやられると自分のような万年図工1人間には非常に厳しいものがある、つーかやっぱクローン人間とかそういう倫理的問題は考えると非常にストレスフルなので考えないようにしましょう、そのための逃げ道をこじ開ける為の科学技術です(キリッ、科学は価値判断を行わず(キリッ臓器欲しいなら臓器だけ培養しようよ、細胞工学とか頑張るからさ、もうやめてよそういう設定やめてよー。
まあ、とにかく、ヘイルシャムの教師陣にはもうちょっと別の形での人間の条件みたいなの考えて欲しかった。ていうかクローン人間なんだから人間に決まってんだろ常識的に考えて(キリッ

まあとにかくその設定は割り切って、寿命が非常に限られた人がそれを見つめ、従容として死に行く前の追憶の話というテーマで振り返るに、この話はどうなんだろう。主人公が辿る記憶の中で提示され、ある種クライマックスで明かされる謎として、「ある日、主人公がままごとに赤ん坊の人形を抱え、"Never let me go"と唄っていたのを見て、主人公の恩師が涙を流したのはなぜか」というのがある。主人公的には、子を産むことが許されない提供者の自分を省み、赤ん坊が「離さないで」と唄っている、という解釈でいたのだが、先生の返答が良く分からない。なんか「発展していく世界は残酷なものであり、昔を想ってそれを離さないで欲しいと希うように見えた」から恩師は泣いたのだそうだが、それってクローン技術以前の世界を知っている先生自身を投影しただけですよねっていうオチで、何か納得いかない感が増幅されたのですよ個人的には。限られた生しか許されない少女が、それこそ懇願するように"never let me go"と歌っている(いや、単に曲を聞きながら踊っていただけだったかも)のを見て、湧いて出た感慨がそれかい、と。なんか提供者らが人間と同じ感性を具えているとの信念を実践していた割には、その発露を結局自分のノスタルジーに帰着させることしか出来ないのかよ教育者さんよ、なんかそのオチ滑ってね?と思ってしまったわけですよ。何だろうね、この納得いかない気持ち。